浅見光彦、哀しみの南紀推理行!
「黒枠の招待状」と「銛(もり)を突き刺された人形」の謎――
展示された漁師の人形に突き刺された銛(もり)、それを凝視する不審な女性――。捕鯨発祥地・太地(たいじ)の「くじらの博物館」で浅見光彦は奇妙な場面に遭遇した。太地では、六年前、旧家の娘と新聞記者の心中事件があり、その後、現場近くで人形と同じように男が銛で刺殺されていた。これは何かのメッセージか? 心中の遺書と判断された「黒枠の招待状」に疑惑を抱いた浅見は、記者の出身地・秩父を訪ね、もう一つの殺人事件の存在を知る。やがて、「南紀」と「秩父」の事件は不思議な結び付きを見せる…。
<著者のことば>
鯨を殺すことの是非を問う前に、人が人を殺す現実のあることを思うべきだ。人間は自分の都合によって殺戮の是非さえ判断しかねない生き物なのである。大食漢の鯨はイワシなどの小型回遊魚を食い尽くすから鯨を獲っていいという説があるけれど、食い尽くす前に鯨は餓死する。あるいは原因不明の自殺行為で砂浜に乗り上げる。そうして自然界の食物連鎖に貢献する。そこへゆくと人間は死ねばただの灰と化して、彼らのエサになることもない。そういう「やらずぶったくり」の生物は人間だけである。その人間が賢(さか)しらな理屈を捏(こ)ねて、鯨を食うことを是とするのは、まことに理不尽だ――と鯨は慟哭し、悲しげに潮を吹き上げる。