<シリーズ最新作>
過去と現在、二つの殺人が戦後の闇を炙りだす
旅行作家・茶屋次郎(ちゃやじろう)は新宿のクラブ・ホステスから人捜(さが)しを依頼される。捜す相手は、「会長」と呼ばれる金融業者。正体は何を生業(なりわい)としているか不明の謎の人物だった。愛人のホステスの前から忽然(こつぜん)と姿を消したという。目撃証言をもとに長野・天竜峡(てんりゅうきょう)に向かった茶屋は、男の居場所を突き止める。しかしその直後、女性の他殺死体が! 被害者は7年前失踪(しっそう)した、「会長」とつながりのある女性だった。誰がなぜ? やがて、60年前にこの土地で起きた“一家七人惨殺事件”の存在が浮上。2つの事件には奇妙な符合があった……。
<著者のことば>
昭和21年(1946)、南アルプスの稜線(りょうせん)がまだ白い五月、事件は起きた。そのころ私は、母とともに母の実家に身を寄せていた。4キロほど離れていたろうか、女性2人とその子供5人の家族全員が、斧で頭を割られた。母の実家のトイレは外にあった。夜は用足しにゆけないくらい怖く、気味が悪かったのを覚えている。事件以来、どの家も戸締まりを厳重にするようになった。
あの事件は、なぜ解決しなかったのか……私はその思いをずっと抱いていた。
大火で飯田(いいだ)市の空が真っ赤に燃え、火の粉(こ)が頭上を飛んだのは、事件の翌年だった。