博覧強記、怜悧な頭脳、卓抜の想像力…
名探偵は不世出の文人
『八犬伝』の戯作者が江戸の怪事を暴き出す!
天保十二年(一八四一)、正月。江戸の鮫河橋谷町(さめがはしたにまち)で奇妙な事件が起こった。町で評判の人面犬によく似た桶(おけ)職人の万次郎が、へっついに首を突っ込み死んでいたという。果たして、事故か他殺か?
直後、人面犬の飼い主である米屋の放蕩(ほうとう)息子が消息を絶った…。話を伝え聞いた戯作者・滝沢馬琴は疑念を抱き、下(しも)掃除人の斧吉(おのきち)と嫁のお路(みち)に調査を命じた。齢(よわい)七十五歳、目は見えずとも『南総里見八犬伝』を創作中の馬琴が、その博覧強記と想像力で繙(ひもと)いた事件の裏側とは?(「第一章 人面犬騒動」より)天保の改革間近の爛熟(らんじゅく)した江戸文化を舞台に、歴史の虚と実を織り交ぜた著者真骨頂の時代推理小説!
滝沢馬琴【明和(めいわ)4年(1767)〜嘉永(かえい)元年(1848)】
江戸・深川に旗本の用人滝沢運兵衛興義(うんべえおきよし)の五男倉蔵として生まれる。十歳にして家督を継ぎ、主君の孫八十五郎に仕えるが、暗愚に耐えかね十四歳で出奔(しゅっぽん)。旗本の間を渡り奉公しながら俳諧などを学び、文学趣味を涵養する。二十四歳のとき戯作で身を立てることを決意して山東京伝(さんとうきょうでん)に弟子入りし、もっぱら黄表紙を著す。その後本格的な読本として刊行した『月氷奇縁(げっぴょうきえん)』が好評を博し、戯作者として独自の境地を確立。文化11年からは『南総里見八犬伝』を途中眼疾に見舞われながらも28年かけて完成させ、後世の作家たちに多大な影響を与えた。著書に『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』など多数。