息子の危難を、母は不可思議な勘で察知する
千里を超える母子(ははこ)の縁(えにし)
惣三郎はわが心に言い聞かせるように二人の娘に言った。(中略)
「男の道は勝手な理屈の上に成り立っておるわ。
だがな、その者は家族が、知り合いが流す涙の数を知らねばならぬ、
清之助の修行もまた己の理屈と、しのや葉月さん、
それにそなたらが漏らす溜め息と零す涙で成り立っておるのだ」(中略)
長屋の木戸口にしのが戻ったようで、足音の気配がした。
三人は顔に笑みを浮かべるとしのを待った。
(本文より)
享保(きょうほう)八年秋、飛鳥山(あすかやま)の菊屋敷は、棟方新左衛門(むなかたしんざえもん)と久村(ひさむら)りくの結納(ゆいのう)を祝う一座で賑(にぎ)わっていた。ところが石見(いわみ)道場には新左衛門と夫婦(めおと)約束(やくそく)をしたという女性が現れ、花火の房之助(ふさのすけ)親分らが極秘に探索に乗り出す。同じ頃、紀州和歌山(きしゅうわかやま)を発(た)ち、大和(やまと)街道を行く清之助(せいのすけ)は、あらぬ疑いをかけられて黒装束(くろしょうぞく)の一団に取り囲まれた。さしもの若武者も不意を衝(つ)かれ、兇弾(きょうだん)に斃(たお)れる――。