清之助(せいのすけ)が越前にて至った新たな境地とは……
父の背を追う果てのない道
「水面(みなも)の映月を斬ってなんとなされます」
「清之助(せいのすけ)、分からぬゆえ挑んでおる」
まだ若く悩み多き時代の父の惣三郎(そうざぶろう)だった。
「見事斬り分けたとて世の中は変わらぬ、父も変わるまい。
それでも一つのことに挑むことでなにかを得たいのだ」(中略)
「ただ挑むのですね」
「世の中、答えが出ることばかりではあるまい、清之助」
(本文より)
若狭小浜(わかさおばま)城下から敦賀(つるが)へと向かう若狭路。道中、騎馬軍団海天狗(うみてんぐ)の乱暴狼藉(ろうぜき)を目の当たりにした金杉清之助(かなすぎせいのすけ)は、南蛮兜(なんばんかぶと)の首領を船上の決闘で討ち果たした後、鯖江(さばえ)城下から永平寺(えいへいじ)へと足を運ぶ。武者修行に出て三年と四月(よつき)。「血と怨念(おんねん)に穢(けが)れた身を浄(きよ)め、初心に戻りたくなるときがございます」と申し出た若武者は、食を断ち、暗黒の岩穴に籠(こ)もる「三十三日闇参籠(やみさんろう)」に挑む。