惣三郎(そうざぶろう)は揺れていた。
家族のことは想念の外にあった
父と倅(せがれ)相違(あいたが)う道の行方は
(人は人をなんのために殺生(せっしょう)するのか)
惣三郎の胸にこんな疑問が生じた。
剣者としてこれまで考えたこともない問いだった。
以前の惣三郎ならば、
「人を活(い)かすのが剣、ために生死を分かつ戦い厳然と存在する」
と答えたかもしれない。
だが、かつて自信に満ちて答えたであろう言葉に
惣三郎は傲慢(ごうまん)さを覚えた。
「分からぬ」
(本文より)
仙台(せんだい)を発(た)って海路を北に向かった清之助(せいのすけ)は、巷(ちまた)を悩ます海賊(かいぞく)サンボトジ党(とう)や、子供たちを拐(かどわ)かした妖(あや)しげな巫女(みこ)を成敗(せいばい)するべく、刀を振るう。その清之助を斃(たお)すと宣言し、神保桂次郎(じんぼけいじろう)を伴(ともな)って出羽三山(でわさんざん)で修行を重ねる惣三郎は、自ら選んだ道を必ずややり遂(と)げると専心(せんしん)しつつも「分からぬ」と呟(つぶや)いた。惣三郎が胸に抱いたのは、剣者として考えたこともない問いだった。