永き修行の果て、
清之助(せいのすけ)は5年ぶりに江戸へ――
一日千秋(いちじつせんしゅう)、
迎える母の目に涙
「家族や葉月(はづき)様に会えば、
これまで保ってきた厳しい気持ちが緩(ゆる)みましょう。
それで家族に会うのをギリギリまで避けておるのではありませんか」
しのが言い切った。
「あれほど兄上の帰りを一日千秋の想いで待ってこられた母上でした。
その母上が泰然自若(たいぜんじじゃく)としておられるのがなんとも不思議です」
結衣(ゆい)が小首を傾(かし)げた。
(本文より)
飛鳥山(あすかやま)の菊屋敷(きくやしき)で、剣術家が独り稽古(けいこ)を続けていた。いくつもの死地を乗り越えた疵(きず)を負いながら、どこか清らかにして爽(さわ)やかな印象を与える不思議な青年――昇平(しょうへい)が盗み見たのは、5年ぶりに帰着した金杉清之助(かなすぎせいのすけ)の泰然(たいぜん)たる姿だった。剣術大試合開催まで10日余り。その出場権を奪うべく、惣三郎(そうざぶろう)と神保桂次郎(じんぼけいじろう)は、尾張柳生(おわりやぎゅう)の剣術家2人を追って中山道をひた走っていた。