28の言語に翻訳、29カ国で出版された著者が名状しがたい現代を描き出す
確固たる知識と広い視野を持つ欧州随一のエッセイストが掘り下げた、異色の現代史
わたしたちが生きる、この名付けようのない現代は、いったいどこから始まったのか――
【監訳者・出口治明より】
■現代がいかにして取り留めのない時代となり、何故そうあり続けているのか
ほかに比肩しうるものがない、異色の現代史
二〇二一年七月に八十年の生涯を閉じたカラッソですが、彼が遺した著作の中に、独自の文体と視点を持った歴史紀行のようなものがありました。それが本書です。
現代がいかにして取り留めのない時代となり、何故そうあり続けているのかを、共時的に、あるいはまた通時的に語っていきます。
■本書をどのように読むか
T章の「ツーリストとテロリスト」は、章題の通り、このふたつの類型を中心に現代社会が描かれていきます。
U章は、打って変わって、第二次世界大戦前夜の一九三三年から、ソ連軍によるベルリン陥落までの十数年間を通時的に辿っていきます。その当時を生きた人々がまさにその生きている当時について綴った文章が引用され、そこにカラッソのコメントがちりばめられています。彼が神話語りに用いた手法が繰り返されているようで、恐ろしい寓話を読んでいるような感覚さえ覚えさせられます。ここに語られているのは、語られたまさにその時に起きていた現実なのです。こうして、目を覆いたくなるような惨状へと突き進んでいったその十数年間が、T章に描写された取り留めのない現代社会と直につながっている過去の一片である事実も、強烈に突きつけられます。
V章は、その第二次世界大戦から、ボードレールの夢想を介して、ツインタワーの崩壊した現代へ戻ってきます。しかし、ここまで来ますと、今や僕らの目の前にある現代社会がそれこそ廃墟であるかのようにも思えます。もしかすると、予め植え付けられた情報に付き従うツーリストよりも、T章の中に仄めかされていた「廃墟の訪問者」にとってそうであったように、今や新たな認識の可能性こそ僕らの目の前に開かれている、そうカラッソは言いたいのかもしれません。
(出口治明「監訳を終えて」より抜粋)