歴史に埋もれていた不世出の名君
戦乱が続く四世紀、民族融和の大志を掲げ、中国統一にもっとも近づいた前秦(ぜんしん)の皇帝・苻堅(ふけん)。五胡十六国(ごこじゅうろっこく)時代、随一の英雄を描く歴史ロマン!
「あの者なら、世を変えることができるかもしれぬ」
戦の様子を遠望して、王猛(おうもう)はそうつぶやいた。かれに出仕を求められたら、いかに対応すべきか。考えると、十年ぶりに心が弾んだ。この年、秦(しん)の暦で寿光(じゅこう)三年(西暦三五七年)、苻堅(ふけん)と王猛ははじめて出会う。史書に多く見られる、志をもつ君主と有能な軍師の邂逅(かいこう)である。だが、ふたりのかかげた理想とめざした政治は、史上に前例を見ないものであった。
(本文より)
四世紀半ば、西晋(せいしん)の滅亡後、諸民族が覇を競う戦乱の中国――。
大地が焦土(しょうど)と化す中、すべての民族が平等に暮らすことができる統一国家の建設を目指した青年がいた。てい族の苻堅(ふけん)である。てい族の秦(しん)[前秦]と鮮卑(せんぴ)族の燕(えん)[前燕]が中原(ちゅうげん)を二分し、江南(こうなん)には漢族の東晋(とうしん)が盤踞(ばんきょ)、三国が鼎立(ていりつ)する世に、臥竜(がりょう)の軍師・王猛を得た苻堅は秦の皇帝となる。善政を施(ほどこ)し理想の実現に邁進(まいしん)する苻堅に、故国に失望した燕の名将・慕容垂(ぼようすい)も臣従。ついに秦は燕を併呑(へいどん)、中原の覇者となった。残るは中華の正統を継ぐ漢族の東晋のみ。だが、東晋遠征をめぐって初めて王猛が異議を唱えた……。殺戮と復讐が繰り返される五胡十六国(ごこじゅうろっこく)時代の中国で、民族融和の壮図(そうと)に挑んだ不世出の名君を描く中国歴史巨編!