7年の沈黙を破り、山中麻弓がここに浮上する!
強烈な独創性とリアリズム。唯一無二の山中麻弓の世界
顔を近づけて手前にある水槽を覗くと、黄土色の、手帳の付属品の小さな鉛筆のようなものが水面に十本ほど浮いていて、その隣の水槽にはぺらぺらの深緑の葉っぱのようなものが、やはり何枚か入っている。……
「この魚がいい匂いするんですよ。でもね、ほら」
さっきまで微笑んでいただけの太田が、いきなり水槽の中から鉛筆を一匹掌に乗せて取り出し、私の鼻先に持ってきた。
「ひぇー! 何これ!?」
噎(む)せかえった。初めて嗅(か)ぐ重く強烈な香りが鼻孔から脳天にまで突き上がり、目までちかちかする。手でやるなよ手で、死ぬぞ、と彼が言った。 ―――「麝香魚」より