気がつかないふりをしていた。
もう愛していないこと。
もう愛されていないこと。
直木賞作家が美しくも儚い恋の終わりを描いた傑作
恋が終焉を迎えるときには、どんな物語が待ち受けているのだろう?
いくらかの戸惑いと充分な愛情がこもったキス。一郎を好きだと文月(ふづき)は思った。大好きだ。草(そう)よりもずっと好き。それは真実に思えるのに、それなのに、一郎が草ではないことに私は腹を立てている。
文月は一郎に何か言いたいと思った。何か――心のこもった言葉を。それなのに、むっくりと半身を起こすと、彼に背を向けたまま、「あのひとが今夜来るかもしれないの」と言った。
(「裸婦」より)