一体誰が彼らを裁けるというのか?
東京裁判で1人は被告人席に、もうひとりは証言台に。
同じものを愛し信じた2人の軍人。
彼らの運命を分けたものは何だったのか――。
対米交渉は決裂した。開戦は秒読み状態となった――
米内(よない)も沈黙をまもった。海相、首相時代をつうじて生命がけで三国同盟に反対したのは、いったいなんのためだったか。怒りとともに無力感にかられていた。……
「それにしても岩手の軍人は、昭和の世にも国賊になる気なのだな。東条(とうじょう)、板垣(いたがき)、及川(おいかわ)が雁首(がんくび)そろえて対米強硬論なのだから」……
畳のうえに東条は正座し、皇居に向かって平伏した。最後の御前会議のあいだ、身じろぎもせず出席者の発言をきいていた天皇の神々(こうごう)しい顔が脳裡(のうり)にうかんでいる。おゆるしください陛下。戦争にはかならず勝利します。……
なにがなんでも重責をはたし、開戦を防げなかったわが罪をおゆるしいただく所存でございます。涙がとまらず、東条はむせび泣いた。
(本文「濁流」より)